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お姫様はずっと眠りについていました。
ながいながいあいだ… そして、そこにたいそうハンサムな王子様がやってきました。 眠り姫は、今、王子様によって、永い眠りから目を覚まそうとしています… 王子様の、堅いアレによって…
という小説を見かけました。 作者は耽美なヴァンパイアものの小説で有名な、アン・ライスです。 映画化された『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の彼女です。 |
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以前書いた映画で、「タクシデルミア」。
公式サイトにいくと、 サンダンス映画祭で受賞しながらNHKが放送を見送った問題作 だって(w) えーと、サイトとか改めてみると、なんかよい映画なんだよね。剥製なんかも、なんかユーモラスで、かわいくてちょっと不気味。で、素敵。 これとあいまって、『いのちのたべかた』とかでもそう思うんだけど、ほら、豚の解体なんかが出てくるわけですよ。 豚を、太らせるために飼って、それからのどを切り裂く、そりゃ豚も悲鳴あげますよ。ぶひー!て。 最近じゃ薬とか、エアガン(映画『ノーカントリー』の殺し屋が使ってた奴)とかで即死させますけど、殺すことに変わりはないわけです。 わたしなんかは、豚であろうと、なんだろうと、血が出て、肉が出て、骨がむき出しになると悲鳴を上げたくなるんですけど、どうして、人間は昔からそういうことができたのだろう、とか考える。 思うに、人間はそもそも血と暴力を求める性質が備わっているんだろう。 これは、動物を殺傷して栄養を得るために、人間、というか肉食動物が本来持ってる性質のはず。 だけど人は社会生活を営む生き物なので、これと反対の、 命を育む性質 も、きっと長い歴史の中で大切に遺伝していったと、 考えてみれば当たり前のようなことだけど、あまり人の口にはのぼらないね。 キングの小説に「ヒトラーのような人物もいれば、ガンジーもいる。それが人間だ」とありましたが、まさにその通り。 秋葉原の加藤容疑者の行動も、人間の本来の姿。それを報道してるワイドショーや、ネタにしてるうちも、その現場を見て、悲しいと感じるのも人間。 でも、少しずつだけど、暴力っ気をなくそうとしてる、世界はそう動いてるような気もするなぁ。 24世紀には、きっと人間はやさしくなってる、…といいなあ。 |
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ニュースから。
光市母子殺害事件。 こういう殺人事件の場合、犯人はよくマスコミに露出する。 だからかもしれないけど、遺族への哀悼や、そういう感情よりも、犯人が『なぜこうなったのか?』という理由のほうに感情移入してみてしまう…というのはわたしだけかな? 判決が出て、死刑。 ミクシィ読んでると、なんか「死刑だぜ、やったー!」といってる日記が多い。 でも、「やったー」て。 マシ・オカか。 多分、死刑になっても、遺族の怒りは晴れない。 悲しみも晴れない。 ただ、血で血をぬぐったに過ぎないから。 亡くなった人は戻ってこないし、そのときの恐怖の感情は、死刑でもぬぐえないだろうな。 ただ、生き残った人のための刑。 日本は、死刑制度があるおかげで、特に西欧諸国からは「野蛮」と見られます。 まぁ、ギロチンとか、毒ガスとか、電気椅子とか、効率的かつ、インパクトのある刑を考え抜いた上で、「やっぱり、死刑はダメだよ」といってるわけですから、きっと真実なのでしょうね。 自分の親兄弟や、恋人が殺されたとき、犯人を許せるか、というと、そりゃあ無理です。 きっと犯人を殺したいでしょう。 むしろ自分の手で。 でも、一番の復讐をするなら、手足もぎ取って、市中引きずりまわした挙句、研磨機で身体を削りつつ、アップ系のドラッグで意識を保たせる…(こらこら、こわいこというなよw) でもなぁ、それで、自分の悲しみや怒りが収まればいいけど、残念ながら、よかった、みたいにはならないだろうな。 |
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